2015/01/17

みえない世界

新年があけておりまする。
とっくに。
年末からノンストップの忙しさに突入したまま、新年がどうのという心はまったくもてなかったのであけましておめでとうも言い忘れたままです。
広島、名古屋、京都と移動しつつ制作もしつつ、やっと東京に戻ってきた。
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作品を作っていく過程で、ひとつ 歩を進めるたびに、自分への問いが増える。
コンセプチュアルアートは、「現実」を扱うことをルールのようにしている 面があるのかもしれないが、その「現実を扱う」という規範のようなもののために、他者の生々しい権利を無視しても良い、というふうに自分を納得させていないだろうか?と一歩一歩のすべてで思っている。
おそらく、私が立ち止まっている「他者の生々しい権利」なんて、他者である当人も気にしない程度のものなのかもしれない。
でも、作るというのは、作り手だけが気づく「もわっとした見えなさ」への立ち止まりと対応の積み重ねなのだと思う。
「現実」を重ねていけばアートとしての強度が出るような場合でも、そこにいるのは無生物ではなくて生きている人間である以上、アートのためにやっていいことと悪いことの判断を立ち止まって考えたいと思う。

最近、国を超えて「表現の自由」が問題になる事例が続いている。
ある意味で「表現の自由」が成熟を迎えたと考えてみれば、ここのところの「表現の自由」の問題は、次の課題が見え始めた時期を告げているのかもしれないし、平和からやってくる感性の退化を顕在化させているだけなのかもしれない。
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ひとりのアーティストが亡くなった。
2010年にYCAMに滞在した時に、完成直前の作品を拝見してお話を聞かせていただいたことがある。
言葉の端々に、繊細に相手を思いやってくださる温かさがあった。
当時、こんなにダイナミックに物と社会と己をつないで作る作家に、私はなれそうにもないと感じたのを覚えている。
私には持ち得ない大きな大きな力を感じて、そのことを時折、思い出すことがあった。
女性だったからだろうか。
変な言い方だけれど、
あの頃ひとりぼっちで足元がふにゃふにゃした心もとない感覚で生きていた私にとって、アーティストとしてという以前の、人間の魅力に癒されたのだと思う。
なんだろう、大きかったなぁ。
メディアアートという「分野」なんて存在しないような立ち方をされていた。
そして、そういう真に越境した活動の仕方が、まだまだ珍しい分野でもある。
いつまでも尊敬していくんだろうな。

人が亡くなるたびに、そして自分の体も痛みに落ちこむたびに、
命は一枚のドアを隔てて見えたり見えなかったりする世界で生きているのかな、と思うことが多くなった。
そんな悲しみともつかない心持ちで今年は貴船に参ったので、家族と友人の平安を祈った。
貴船は雪でまっしろで、空気が冷たくて、いい気持ちだった。