2015/06/14

美術のパフォーマンスには無い身体

先日、東京造形大学での4週間のワークショップと講評が終わり、その翌日、山縣太一さん作演出で大谷さんが主演の『海底で履く靴には紐がない』を見に行った。

講評の日に、久しぶりにHさんにお会いして様々なことをおしゃべりした。
そこでおしゃべりした事柄と、『海底で履く靴には紐がない』で見たものがつらーっと繋がっている、いま。

私はもともと『Line京急』のファンなので、山縣さんと大谷さんの組みあわせは待望の感があるのだけれど、そこに口をダラーッとさせた女優や、筋肉質な俳優の身体の移動が加わる様に居合わせていると、空間に音楽がひょっこり顔を出した。
大谷さんが作る音のなかでも、短めのラインのような状態が繰り返されるごとに変化していくときのあの感覚が、ひょっこりと。
そして、大谷さんの身体に重ねああわせて、当然のように山縣さんの身体が記憶から呼び覚まされて浮かび上がってくるのだけれど、その密な体が、美術のパフォーマンスには無い。
そのことを、以前はよく考えたものだったな、と思い出した。

2009年から2013年の自分の活動には、いくつかの挑戦があった。
その内のひとつの流れが科学を通した「形の変換」であり、そしてもうひとつが「身体がある」ということだった。
どちらかというと、「身体がある」のほうが先に、必然的な興味として自分の中に2007年に生まれた。
ある作品を劇場で発表する機会をいただいたときに、その2時間、劇場に言葉は溢れているのに身体が無いことに気がついたのが最初だった。
あの作品を、もしもギャラリーやオルタナティブなものであれアート的な空間で上演したならば、身体のおざなりには気づかなかったとおもう。

そこから、わたしは本当に様々な人の力を借りて進んで来たし、進もうとしてきたとおもう。
身体はあまりにも自分には難しいマテリアルでありインターフェースだったので、ダンサーや俳優や舞台にあがる人の力を借りるのが当然のように思われた。

そして、でもやっぱり「借りる」では中途半端にしかわからなかったのだろう、と今になっておもう。
答えの出ないことを誰かに相談したとしても、そこで得た回答は、結局は当座しのぎにしかならず、必ず後から落とし前をとらされるものだが、そういう感触が身体に向き合おうとしてしなかった経験の中にはある。


実のところ、2013年の夏以降、わたしは身体のことを考えないようにしてきた。
この2年の間、自分にはそれを考えることは許可されていないというか、真摯に身体にむきあっている人たちを前にして、語るどころか、考えることさえも憚るべきような気がしてならなかった。

なのだけれども、この数日の対話ですこし気力が風向きを変えた。
今年の夏に、ダンサーたちとの時間をヨーロッパで過ごすことになっている。
彼らの力を借りるのではなく、密な身体にわたし自身が向きあう楽しみが浮かび上がっている。いま。
そして、それは美術のなかに取り急ぎはあるだろうけれど、やがてもう一度、自由に挑戦してみようとおもう。



2015/06/06

THE COCKPIT

THE COCKPIT という映画をみた。
『THE COCKPIT』は、ヒップホップの一曲ができあがるまでを追った1時間程度の映画なんだけれど、なんだかとてもすきだった。
すきな理由はいくつもあげられるし、それは多くの人々が抱く感情や感想と大差ないので書かないでいいとおもう。

というのも、ちょっとすきながら、、、というかすきだからというか、見ながらいろいろに考えてしまったことがある。

まだ若い部類の男の人たちが数人あつまって、音を打ち込んだりリリックを書いたりしている。
わたしは、そういう現場がすきだ。
その現場に女子や女性がいたって、どうやったってうまく居れないことも知っている。そして、だからこそやっぱりすきなのだ。
というこの感覚は、オッサンが若い女の子に萌えているのとどう違うんだろうか?と考えてしまった。
違うといいたいし、違う面がある。

あるいは、このオトコノヒトタチが、いつ、他人の上に立つことにプライドの拠り所を見いだした大人の男性になっていくのか、ならないならどうなるのか、というようなことをついつい考えてしまう。
男性だけしか映らない映像のなかで、気持ちよく遊びにいそしむ彼らの保たれた均衡が、余計に不安をかき立て、彼らが永遠にその遊びにいそしんでくれないだろうか、などとふと、どうでもいい感情を抱く。

くだらねー、と言われるだろうか。
でも、30代が後半になったころから、日本で女性でいることは、はっきりと生きにくくなった。
それまでも難しかったが、それまでの生きづらさとは違う。
居ることそのものが難しくなった。
「発言を許可された女性」でいるための、いくつかの社会が無意識に持っているフレームから自分自身は外れてしまったのだろうと思わせることが増えていった。
フレームを外れたターニングポイントはいくつかあり、20代中盤の英語での生活で言葉が解放された時期と、30代中盤で研究職の女性たちの「発言する態度」に出会ったことだろうと思う。
英語圏や研究職に女性差別が無いといいたいのではない。
だけれども、私がそれまでに居たコミュニティーとは違っていた。

先日、少し年上の女性が「自分は若い頃に、天然っぽい雰囲気を醸し出して"わからないフリ"をしていた(のだと後から思った)。だが、環境を移動した時に自分の考えを隠すことなく言葉にしなければいけないことを知った。が、時を経てもう一度古い環境に戻ってみると、「言葉」も「考え」も許されておらず、居るためにはやはり若干の"わからないフリ"をしなければならなかった。」というようなことを言っていて、その発言はとても腑に落ちるところがあった。

ある世界で、人が子供っぽい態度を身につける理由は、無意識に身を守るためだ。
そのことには性差はないかもしれない。
だが、その人が大人の態度を身につけ始めたとたんに、「居る」というだけのことが、あまりにも周囲からは異質で不気味な感触を帯びるような現場が、日本の女性にはあるように思えてならない。

「フレームを外れたターニングポイント」には、実は書くに書けないようなポイントもある。
書くことができるポイントは、「オープンであること」をわたしが知らず知らずに身につけた、言って見ればまだしも個人的にはポジティブな転換である。
けれど、人生には「弱さ」を植え付けられるような時間もある。
最近の日本に「居ていい人間(女性)」というのは、強すぎず、そして表舞台からの光が届かないような輪郭の暗さを持たないもの、
この強弱のバランスの上に立つ、奇跡的な夢の像のことなのだろうと思う。

映画の話とあまり関係のない内容になってしまった。
『THE COCKPIT』は、まぁ、そんなこととはまったく無関係の内容であり、すばらしかった。
ただ、わたしの中にはそれらを介して他に連想をいだく理由があっただけのこと。